JOURNAL

街を俯瞰的に眺め、お店の特徴を引き出す設計手法

もともと美容室だった小さな平屋の建物をパン屋さんに改装するための設計をしました。

1.周辺の環境について
場所は交通量の多い国道に面していました。


どこの国道沿いにもあるように、電気屋さん、コンビニ、チェーン店のラーメン屋さんなど、大型店舗が建ち並んでいる風景が広がっていました。
それらの店舗はどれも車から目立つように派手な色で彩られていたり、大きな看板で存在感をアピールしていました。

そんな風景の中に、小さく佇んでいた平屋の建物は可愛らしくもありましたが、
どれだけ背伸びしたところで周りの大きな店舗に埋もれて見過ごされてしまうのではないかと心配でもありました。

2.建物について
平屋の建物は、一つの建物のように見えましたが、後ろ側が増築されていることが分かりました。

もともとの建物と増築部分とのあいだの壁は外壁だったということになるので、その壁を取り払うことは構造上、強度的に困難でした。

3.パン屋さんについて

一般的にはパン屋さんは、パンを作る工房とパンを売る売り場に分かれます。
工房と売り場は面責比率にするとおよそ7:3で工房の方がおおきな面積が必要です。
また、パン屋さんは早朝から生地の仕込みをはじめ、比較的早い時間から開店します。
この平屋の建物は、国道沿いに面していましたが、裏側はすぐに住宅が建ち並んでおり、早朝から仕込み中に発生する騒音が住人達の迷惑になる懸念がありました。
開業されるパン屋さんは、無添加、国産小麦を使用し、子供から年配の方まで安心安全で食べていただけるパン作りが特徴でした。
この特徴をアピール、表現する事がお店の個性を出すうえで大切な事です。

4.設計について
このような立地でパン屋さんを設計する場合の一般的な解答は、オモテ側に売り場を配置し、国道を通る車からパンを売っている姿を見せることでパン屋さんをアピールし、視認性の必要のないウラ側に工房を配置するという方法です。

ただ解答としてはセオリーどおりですが、
例えば、ウラ側に工房を配置することになると、増築部分とのあいだの壁を撤去して広さを確保しないといけないので、構造的に不合理になってしまいます。
さらに、工房が住宅地側にくるので騒音の問題も発生します。
もともとの建物の状態や周辺の環境まで配慮すると、セオリーどおりではうまくいかない部分が出てきます。

5.発想の転換
そこで、一つの発想の転換により、与条件を上手にクリアすることと同時に、お店の特徴をアピールすることにも応えられるアイデアを考えました。
その一つの方法とは、売り場と工房の位置を入れ替えることです。
そうすることで、売り場に必要な面積7と工房に必要な面積3を増築部分との間の壁の位置を変更することなく振り分けることができます。

さらに、オモテ側に工房を配置することで、ウラ側の住宅地から距離をとれるので、
騒音を気にすることなく早朝の仕込みをおこなうことができます。


また、国道を行き交う車などから窓を介してパンを作っている光景が垣間見れます。


大きな文字看板で直接的にアピールするのではなく、パンを作っている窓越しの風景そのものが看板代わりになり、安心安全なパン作をつくっているということを表現します。


それは、周囲の大型店舗が大きさや派手さでアピールするのとは対照的に、ささやかだけれど、周囲とは異質でかえって存在感を出すことができます。


さらに、売り場は、国道の騒音から距離をおいた住宅地側の静かな位置になり、
家でゆっくりパンを選んでいるような落ち着いた環境をつくることができます。


このように、セオリーどおりの設計から売り場と工房の配置を入れ替えるというたった一つの発想の転換によって、様々な与条件を解決すると同時に、特徴を引き出しアピールできるお店をつくることができました。